松屋町での取り組みが紹介されました(産経新聞2006年7月11日夕刊)

以下、記事を掲載します。(kmy)

『人形の町』松屋町 いまやマンション街、活性化へ若手スクラム「働きたい町、住みたい町」へ
 
ひな人形とおもちゃの町として知られる大阪・松屋町が、マンション街として変貌(へんぼう)しつつある。少子化による市場縮小と後継者難によって廃業する店舗が相次ぎ、地下鉄に囲まれた利便性の高い土地柄に不動産業者らが注目しているからだ。この5年間で店舗跡に建設された中高層マンションは10棟を数える。「このままでは商店街としての活気が失われる」。危機感を持った30代?40代前半の若手店主たちが今月末、商店街のブランド戦略を策定するための研究会を立ち上げる。(若狭弘)
 高度成長時代にはおもちゃやひな人形、スポーツ用品などの問屋約百数十店が軒を連ねた松屋町。しかし、少子化や経営者の高齢化、郊外への玩具量販店の進出などで、ここ10年間で約10店が廃業したという。今年5月には日本人形の老舗メーカーが民事再生法の適用を申請。店舗の営業は続けているが、地元関係者らに衝撃を与えた。
 この松屋町に注目したのがマンション業者。店舗跡地はある程度の広さが確保できるうえ、界隈(かいわい)は市営地下鉄谷町線、堺筋線、長堀鶴見緑地線に囲まれた交通至便な場所にあるからだ。約10年前までは廃業する店舗が出ても別の業者が入居する流れが続いていたが、平成8年に鶴見緑地線松屋町駅が開業して以来、店舗跡に中高層マンションが建設されるケースが相次ぐようになった。
 実際、商店街を歩くと、低層の店舗と十数階建てのマンションが混在する統一性のない景観が生み出されている。
 「皮肉なことに住宅地としての条件が整っていることが店舗流出を招いているんです」と研究会の立ち上げに参加する建築コンサルタントで近畿大学非常勤講師の山本一馬さんは指摘する。
 有志が自然発生的に集まる形で、準備委員会を立ち上げたのが4月。これまでの会合ではカフェなどの誘致や、後継者難の店舗と開業意欲を持つ若者のマッチング(引き合わせ)のほか、「値切り交渉」をスタイリッシュに演出する案なども出ているという。
 今後は、商店街だけでなく周辺住民や学識経験者にも参加を呼びかけ、5カ年計画で「働きたい町、住みたい町」にすることを目指す計画だ。
 サラリーマン生活の後、3年前から妻の実家の和紙店を継いだ斎藤創太さんは「松屋町は日本文化の宝庫。昔のようにだれもが知っているまちにしたい。マンションの住民やアーティストらにも参加してもらい、ここで住み、働くことがステイタスになるようにしたい」と意欲をみせる。
 松屋町筋商店街振興組合と連携して活性化に取り組んでいる大阪芸術大学の柿沼祐太助教授は「これだけ人形やおもちゃの同業者が集積している地域は全国でもない。商店街全体の存在感をアピールできれば、活性化を図ることができるはずだ」と話している。

 松屋町筋商店街 大阪市中央区の松屋町筋沿いに、ひな人形や玩具、駄菓子、造花、紙製品などの店舗が約1キロに渡って並ぶ問屋街。最近は小売りにも対応する店が増えている。江戸時代から素焼き人形が作られていたが、昭和初期に御堂筋拡幅に伴って本町周辺の人形店が移転。さらに戦後、菓子や文房具、和紙などの問屋や専門店が集積し、商店街として発展した。親しみを込めて「まっちゃまち」と呼ばれる。
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